さくらんぼ「佐藤錦」誕生秘話

『佐藤錦』の生みの親、佐藤栄助翁

さくらんぼ『佐藤錦』を生んだ佐藤栄助翁は、当店の祖先にあたります。

佐藤栄助翁 慶応3年(1867年)8月15日生まれ

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ルビー色の夢を追った男

真紅の実をそっとかむと、ジューシーな甘みが口いっぱいに広がる……。サクランボのなかで最も人気の高い「佐藤錦」は、果樹王国と呼ばれる山形県でも特別な存在だ。この美しい果実はどのようにして生まれたのだろう。

佐藤錦の故郷・東根市は、最上川の支流である乱川(みだれがわ)の扇状地に位置する。水はけが良過ぎて水田に向かず、昔から畑地として利用されていた。明治の初め、内務省が西洋果樹の苗木を配布。サクランボも含まれていたが、収穫期が梅雨と重なるせいで実が割れてしまう。その上日持ちもしないとあって、生産量は伸びなかった。

新しい品種を作れないかーーーそう考えたのが、佐藤栄助翁。事業に失敗したため、東根町(当時)の中心部から南方に移り住み、広大な松林を開墾する毎日だった。好奇心が旺盛なことに加え、果樹栽培が趣味だった彼は、果肉が固くて酸味のある「ナポレオン」と、甘いが保存の難しい「黄玉(きだま)」に着目。交配によりできた実を発芽させて苗木を作り、そのなかで良いものを移植して育成した。大正11(1922)年、初結実をみる。さらに選別を重ね、2年後、ついに最も優れた1本、すなわち原木の育成に成功。本格的に取り組んでから、15年余りの歳月が過ぎていた。

忘れてはならないのが、苦闘する栄助翁を年若い友人の岡田東作翁が支えたこと。一方の栄助翁も、研究熱心で植物全般、とりわけ果樹に関する知識の豊富な東作翁を信頼し、二人は兄弟のようなきずなで結ばれていたという。

当初、新品種を「出羽錦」と名付けようとした栄助翁に対し、東作翁は「佐藤錦」としては、と提案。砂糖のように甘いと喜び合ったことに由来するそうだが、それだけでなく、栄助翁を兄と慕う東作翁の友情と敬意の表れでもあったのは間違いない。

東作翁の努力で普及が進み、佐藤錦はサクランボを代表する品種へと成長を遂げた。生みの親が栄助翁、育ての親が東作翁と言われる。初夏の食卓を華やかに彩る佐藤錦。先人らの情熱を映すかのようなルビー色の実を、今年も多くの人が楽しみに待つ。

(JR東日本『大人の休日倶楽部ジパング』2008年6月号より転載)


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